2024年7月3日、ワークフロー自動化ツールn8nが最新バージョンをリリースしました。AIエージェント機能が大幅に強化され、特に「Vector Store Tool」という新ノードの追加が注目されます。これにより、より高度でインテリジェントな自動化ワークフローの構築が可能となり、ビジネスプロセスの効率化に新たな道を開きます。
主要な変更点:AIエージェントの知能を飛躍的に向上

今回のリリースでは、AIエージェントの能力を拡張する新ノードの追加と、既存ノードの機能強化が中心です。これにより、n8nは単なる自動化ツールから、より賢く、文脈を理解するインテリジェントなワークフローオーケストレーションプラットフォームへと進化を遂げます。
1. 新ノード: Vector Store Tool – AIエージェントの「記憶」と「知識」を拡張
概要: n8nのAIエージェントが外部の知識ベース(ベクトルストア)と連携し、特定の情報を検索・活用するための新しいツールノードです。これにより、AIはよりパーソナライズされ、ドメインに特化した応答や処理が可能になります。
初心者向け説明: これまでのAIは、インターネット上の一般的な知識や学習済みのデータに基づいて回答していました。しかし、「Vector Store Tool」を使えば、あなたの会社の内部資料、過去の顧客データ、特定のプロジェクトに関するドキュメントなど、AIがアクセスできる「専用の図書館」を作ることができます。AIはこの図書館から必要な情報を探し出し、それに基づいて正確な回答を生成したり、タスクを実行したりできるようになるのです。まるでAIがあなたの会社のベテラン社員のように振る舞うイメージです。
技術的詳細: このノードは、AIエージェントがRAG(Retrieval-Augmented Generation)アーキテクチャを実装する上で不可欠な要素を提供します。
- Vector Store(ベクトルストア)とは: テキストや画像などの非構造化データを数値の「ベクトル」に変換し、類似度に基づいて高速に検索・取得できるように設計されたデータベースの一種です。これにより、大量の情報の中から関連性の高いものを瞬時に見つけ出すことが可能になります。
- RAG(Retrieval-Augmented Generation)とは: 大規模言語モデル(LLM)が質問応答を行う際に、外部の知識ベース(この場合、ベクトルストア)から関連情報を検索(Retrieval)し、その情報を基に回答を生成(Generation)する手法です。LLMの「知識」を最新の状態に保ち、特定のドメイン知識を活用し、さらに「ハルシネーション」(AIが事実に基づかない情報を生成すること)を抑制する効果があります。
n8nのAIエージェントは、この「Vector Store Tool」を通じて、指定されたベクトルストアにクエリを送信し、取得した情報をLLMへのプロンプトに組み込むことで、より文脈に即した、正確な出力を実現します。
具体的な活用例とメリット:
- 顧客サポートの自動化: 顧客からの問い合わせに対し、AIが社内FAQドキュメント、製品マニュアル、過去のサポート履歴をベクトルストアから検索し、パーソナライズされた正確な回答を自動生成します。これにより、応答速度が向上し、顧客満足度が向上します。
- 契約書レビュー・法務支援: 企業内の契約書テンプレート、過去の契約事例、関連法規データベースを参照し、AIが契約書のリスク箇所を指摘したり、条項の適合性を評価したりします。弁護士や法務担当者の業務負担を軽減し、ミスのリスクを低減します。
- 開発者支援・知識管理: 特定のコードベースに関する質問に対し、そのリポジトリのドキュメント、コミット履歴、技術ブログ記事などから関連情報を取得し、AIがコード生成やデバッグのヒントを提供します。開発効率の向上とナレッジ共有の促進に繋がります。
Vector Store Tool を利用したAIワークフローの概念図:
graph TD
A[ユーザー質問] --> B[AIエージェント]
B --> C[Vector Store Tool]
C --> D[ベクトルDB検索]
D --> E[関連情報取得]
E --> B
B --> F[回答生成]
2. 既存ノードの機能強化 – より柔軟で強力な自動化へ
今回のリリースでは、以下の主要なノードが強化され、n8nのワークフロー構築の柔軟性と効率性がさらに向上しています。
- Zep Cloud Memory: AIエージェントの記憶機能が強化され、より複雑な対話履歴やコンテキストを長期的に保持できるようになりました。これにより、複数ステップにわたる複雑なタスクや、継続的な対話が必要なシナリオでのAIエージェントのパフォーマンスが向上します。
- Copper: 人気のCRMツールCopperとの連携が強化され、顧客情報の取得、更新、リード管理などがより柔軟かつ効率的に自動化できるようになりました。
- Embeddings Cohere: Cohereの高度な埋め込みモデルを利用したテキスト埋め込み機能が向上しました。これにより、より高精度なテキスト分析、類似度検索、セマンティック検索が可能になり、AIワークフローの基盤となるデータ処理能力が強化されます。
- GitHub: GitHubリポジトリとの連携機能が改善され、開発プロセスの自動化(CI/CDパイプラインのトリガー、イシュー管理、プルリクエストの自動処理など)がさらにスムーズに行えるようになります。
- Merge: 複数のデータを統合するMergeノードが強化され、複雑なデータ変換や結合処理がより容易になりました。異なるソースからの情報を効率的に集約し、次のステップで活用する際に非常に役立ちます。
- Zammad: ヘルプデスクツールZammadとの連携が強化され、チケット管理、顧客サポートの自動応答、エスカレーションプロセスの自動化などがさらにスムーズに実現できるようになります。
これらのノード強化により、n8nは既存のビジネスアプリケーションとの連携を深め、より広範な業務領域での自動化と効率化をサポートします。
AIエージェントの機能比較(例):
| 項目 | 旧バージョン(一般的なAIエージェント) | 新バージョン(Vector Store Tool連携) |
|—|—|—|
| 知識ベース | LLMの事前学習知識のみ | LLMの事前学習知識 + 外部ベクトルストア(RAG) |
| 記憶能力 | 短期的な対話履歴(Zep Cloud Memory強化前) | 長期的な対話履歴、複雑なコンテキスト(Zep Cloud Memory強化後) |
| 応答の専門性 | 一般的な知識ベースに基づく | 特定ドメイン知識に基づく専門性 |
| ハルシネーション抑制 | 困難な場合あり | 外部情報参照により大幅に改善 |
| データソース | 主にAPI連携による動的データ | API連携 + 構造化/非構造化ドキュメント |
影響と展望:ノーコードAIの新たな地平
今回のn8nのリリースは、ノーコード・ローコード分野におけるAI活用の新たな地平を切り開くものです。特に「Vector Store Tool」の導入は、企業が保有する膨大な非構造化データをAIの意思決定プロセスに組み込むことを容易にし、以下のような大きな影響をもたらすでしょう。
- AIエージェントの自律性と知能の向上: 外部知識ベースとの連携により、AIエージェントはより賢く、文脈を理解し、特定のタスクを自律的に遂行する能力が高まります。これにより、人間が介在する頻度を減らし、より高度な自動化が可能になります。
- RAGパターンの普及加速: n8nのようなプラットフォームでRAGが容易に実装できるようになったことで、専門知識を持つエンジニアでなくても、ノーコード/ローコードで高度なAIアプリケーションを構築できるようになります。これは、RAGアーキテクチャの産業界への普及を大きく後押しするでしょう。
- 企業内データ活用の高度化: 企業はこれまで活用しきれていなかった社内ドキュメント、データベース、過去のコミュニケーション履歴などをAIの「知識」として活用できるようになります。これにより、データに基づいた意思決定が加速し、新たなビジネス価値が創出されます。
- n8nの進化: n8nは単なる自動化ツールから、インテリジェントなワークフローオーケストレーションプラットフォームへとその存在感を高めます。AIと自動化の融合により、より複雑で動的なビジネスプロセスを効率的に管理できるようになるでしょう。
今後の展望としては、さらなるAIモデルとの連携強化、より多様なベクトルストアサービスへの対応、そしてAIエージェントのマルチモーダル化(テキストだけでなく画像や音声も理解・生成する能力)などが期待されます。n8nは、ビジネスの自動化とAIの民主化を加速する上で、中心的な役割を担っていくことでしょう。
まとめ
n8nの2024年7月3日リリースは、AIエージェントの機能を大幅に強化し、自動化の可能性を広げる重要なアップデートです。主なポイントは以下の通りです。
- 新ノード「Vector Store Tool」の追加: AIエージェントが外部のベクトルストアと連携し、RAG(Retrieval-Augmented Generation)アーキテクチャを実装可能に。特定のドメイン知識を活用し、AIの応答精度と信頼性を向上させます。
- 既存ノードの機能強化: Zep Cloud Memory、Copper、Embeddings Cohere、GitHub、Merge、Zammadなど、多数のノードが改善され、より柔軟で強力なワークフロー構築が可能になりました。
- AIの応答精度と専門性の向上: 外部知識ベースの活用により、AIがハルシネーションを抑制し、より専門的で正確な情報を提供できるようになります。
- ノーコード/ローコードでのAI活用を加速: 専門的な知識がなくても、高度なAIワークフローを容易に構築できるようになり、ビジネスにおけるAIの民主化を推進します。
- n8nのプラットフォーム進化: 単なる自動化ツールを超え、AIと連携したインテリジェントなワークフローオーケストレーションプラットフォームとしての地位を確立します。
この最新バージョンをぜひ活用し、あなたのビジネスプロセスを次のレベルへと引き上げてください。詳細は公式リリースノートをご確認ください。
